【街道説明】飯能街道

●街道説明(GEMINIより)

飯能街道(はんのうかいどう)は、甲州街道の拠点であった八王子宿(東京都八王子市)から、拝島、箱根ヶ崎(瑞穂町)を経由し、建築用木材(西川材)や炭の大集積地であった飯能宿(埼玉県飯能市)へと至る歴史的な古道・街道です。

江戸時代から明治・大正期にかけて、多摩地域と埼玉県西南部の物資や人々の往来を支える重要な交通網として機能しました。

1. 基本情報(区間と距離)

  • 起点:八王子宿(追分)[東京都八王子市追分町 / 甲州街道分岐点]

  • 主要経由地:拝島宿(昭島市)、箱根ヶ崎宿(瑞穂町)、金子宿・扇町屋宿(埼玉県入間市)

  • 終点:飯能宿[埼玉県飯能市]

  • 主要な現代の道路:国道16号(八王子〜瑞穂)、国道299号(入間〜飯能周辺)など

  • 全線距離:約 23km 〜 25km

2. 街道の歴史的背景と役割

①「日光脇往還(千人同心街道)」との重複と分岐

この八王子から箱根ヶ崎、入間(金子・扇町屋)へと至る区間は、八王子に配置された武士組織「八王子千人同心」が日光東照宮の警備(日光勤番)のために往来した「日光脇往還(千人同心街道)」の幹線ルートそのものです。

千人同心たちの正式な日光参拝ルートは、入間(扇町屋宿)から東折して坂戸・熊谷方面へ抜けていきます。しかし、多摩地域から見てその手前の金子宿や扇町屋宿から目と鼻の先にある「飯能宿」を目指す旅人や商人たちにとって、この南北の幹線および分岐道は一括して「飯能街道」「飯能道」と呼ばれ親しまれました。

②「西川材」と「絹・生糸」を結ぶ一大産業道路

飯能一帯は、家客の建築資材として珍重された良質なスギ・ヒノキである「西川材(にしかわざい)」や木炭の特大産地でした。これらの木材や炭を、織物市で賑わう八王子や青梅の市場、あるいは多摩川の水運を利用して江戸方面へと送り出すため、この街道は昼夜を問わず物流の大動脈として利用されました。

逆に八王子側からは、全国的に有名であった八王子織物や生糸、日常の雑穀や塩などが飯能方面へ運ばれ、多摩と埼玉の経済圏を強固に結びつけました。

③ 交通のハブ「箱根ヶ崎宿」

途中に位置する瑞穂町の箱根ヶ崎宿では、江戸と青梅を結ぶ「青梅街道」と、南北に走るこの街道(日光脇往還・飯能街道)が立体的に交差していました。人、物資、情報が集中する多摩北部屈指の要衝として、問屋場や旅籠が立ち並び大いに栄えました。

3. 主な沿線ルートの流れと見どころ

  1. 八王子宿(追分) 甲州街道との分岐点。「追分の道標」が立ち、ここから北東(拝島・箱根ヶ崎方面)へ向けて街道が始まります。

  2. 拝島宿(東京都昭島市) 多摩川の渡河地点である「拝島の渡し(現在の拝島橋付近)」を渡った先に位置する宿場町。日光脇往還および飯能へ向かう重要拠点でした。

  3. 箱根ヶ崎宿(東京都瑞穂町) 青梅街道との交差点。瑞穂町郷土資料館(けやき館)などでは、当時の街道の賑わいや千人同心に関する貴重な資料が見学できます。

  4. 金子・扇町屋〜飯能宿(埼玉県入間市・飯能市) 茶畑が広がる金子原を抜け、入間川を渡ると飯能宿へと入ります。かつて西川材の取引で栄えた市場の面影や古い蔵造りの建物が今も散見されます。

まとめ

八王子・拝島・箱根ヶ崎経由の飯能街道は、単に二つの地域を結ぶだけでなく、「千人同心が歩んだ歴史の道(日光脇往還)」であり、「多摩の絹と埼玉の木材(西川材)を交換した産業の大動脈」でもありました。多摩と埼玉の歴史を紐解く上で欠かせない、ロマンあふれる名古道の一つです。

 

 

●グーグルマイマップ

箱根ヶ崎宿までは日光脇往還とするため、マップは箱根ヶ崎宿から飯能宿まで

 

●街道記

日数 日付 開始 終了 距離

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