【街道説明】津久井往還(津久井道)

●街道説明(GEMINIより)

津久井往還(つくいおうかん)は、江戸時代に大消費地であった「江戸」と、相模国山間部の「津久井」(現在の神奈川県相模原市津久井地域)を連結していた重要な古道・街道です。地域や区間によっては「津久井道(つくいみち)」や「登戸道(のぼりとみち)」などとも呼ばれ、現在の世田谷通りや神奈川県道・東京都道3号世田谷町田線、国道413号線などの前身にあたります。

起点となる江戸の三軒茶屋(大山道との分岐点)から、世田谷を抜けて「登戸の渡し」で多摩川を渡り、生田、柿生(川崎市)、鶴川(町田市)、相原・橋本(相模原市)を経て、津久井へと至るルートを辿ります。

この街道の最大の役割は、江戸の都市生活と相模の農山村地域を結ぶ物流の大動脈でした。津久井地方で生産された上質な絹糸や絹織物(津久井紬)、燃料としての木炭、多摩丘陵で採れた野菜や薪、多摩川の鮎などの特産物が、この道を通って大量に江戸へ送られました。逆に江戸からは、農村の土壌を肥やす下肥や日用品が運ばれ、相互の経済を力強く支えていました。

また、単なる物流網にとどまらず、交通の要衝としても多彩な顔を持っていました。一つは「大山参り」に向かう参詣道としての機能です。多くの信仰客がこの道を旅しました。さらに、幕府の主要幹線であった甲州街道の裏道(迂回路)としても利用され、関所や混雑を避ける旅人や行商人に重宝されました。

現在、かつての面影の多くは都市化に伴い舗装道路へと姿を変えましたが、沿道には今も道祖神や庚申塔、歴史ある道標(みちしるべ)が静かに佇んでいます。津久井往還は、江戸と地方の暮らしや産業を直接つなぎ、人々の賑わいと地域経済の発展を静かに支え続けた、歴史的価値の高い生活古道です。

【津久井往還の起点と終点】

  • 起点: 三軒茶屋(江戸・武蔵国世田谷 / 現在の東京都世田谷区三軒茶屋)

    • 大山道(矢倉沢往還)からの分岐点。現在の「三軒茶屋交差点」付近(世田谷通りと246号の分岐点)にあたります。

  • 終点: 津久井(相模国津久井県 / 現在の神奈川県相模原市緑区津久井地域・旧津久井町周辺)

    • 相模原の橋本などを経由し、絹織物や木炭などの産地であった津久井の各集落(太井や三ヶ木など)へと至りました。

  • 三軒茶屋からというところは明確ですが、終点は相模湖につながるところまでなど諸説あるようなので、ここでは道志みちにつながるところと定義してみました。

●グーグルマイマップ

 

(参考ページ)

津久井道

●街道記

日数 日付 開始 終了 距離

 

 

 

 

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